『酷く重いぬかるみの中』





あまり良いコトとは言えない

昨日の(木)コトだけど
朝起きたら脚が少し張ったぐらいで
あまり疲労して無かった

そうは言っても
自転車に乗らないと
どれだけ疲れが残って
どれだけ回復できたかは判断できない


ただ水曜のアワイチではやはり
追い込めてなかったんだろう


でもそれは処刑人と少年と走った
強度が低かった、というコトじゃない

登りも平坦も質の高い所でお互い
脚を削り合ってたよ、たぶん、
いや、絶対そうだ

ボク以外の2人は
レベルが高かった

処刑人が前で牽いてた時は
後ろでしがみつきもしたし
ヒラヒラもした




途中雨で練習モードを切り替え
流して帰るなど
天候にも恵まれなかったが
この不完全燃焼感は自分が嫌になる

と、同時にまだボクの身体は
追い込んじゃダメな状態なんだと感じた

怪我は誰でも無く
自分との闘いってのは本当だったな。

この時期、この行動が正しかったと
言える時が必ず来るって信じてたい




10の強度まで上がり、それが必要な
練習、練習会がある、とする

それを10出せる自分がいる『はず』
なんだけど、そこで8に止める(抑える)

8〜10で2つ差が生まれる

この2つの差は実際出して試していないと
そこで『わからない量』が増えてしまう


この『わからない量』っていうのは
実際10で走ってない以上
どうなったか分かったこっちゃない。

というコト

だから失敗経験さえも得れてない。




これは毒になる、心への毒


たぶんこの毒に耐えられる時間とかは
ある程度限界があって
克服するなり壊れるなりして答えに
到着する

ボクはこの毒と限りなく
長く付き合おう、向き合おうとしてる。

だからたまに言葉で毒抜きを
するようにしてる

時には心配して励ましてくれる
人もいるから、
また自転車に乗れるようになる。



鳴呼、ほんと弱っちぃ奴だ、ボクは。









大人しい走りは
あいにく自分の信条じゃない


攻撃性の塊でどんどん積極的に
レースを走る奴でいたい




やっぱり『獣のような走り』と
言ってもらえるのを褒め言葉に
感じていたいと思う。






少しダラっと弱音を吐き過ぎた。






吐いてばかりいないで頑張れや


自分。